いろんな境目で後ろ髪を引かれながらもがく、でももう私は大丈夫
太陽の光に透けるそばかすを、もうこりゃシミだと笑える年齢になると思わなかった
隙間風がビュービュー入ってくる、大好きなあのおうちがなくなるなんて思わなかった
かわいい気難しい私の犬が老いる姿を、止めることができないこの時間の流れを、ただ愛していられるなんて思わなかった
もう分数の割り算とか、裸足で走る砂の感触も、たまらなく長く感じた夏休みの芳しい1日、ヒマワリについたアブラ虫も、
脳のずっと後ろ、あのころ走るのに10秒かかった50メートルよりずっとずっと後ろの方で、もやに霞んでざわめいている
本当に優しい人にはなれなかった
私の笑顔は嘘っぱちで、最大半日しか持たないけど、優しい人がたくさんいるっていことだけはわかった
いじわるな人もいれば、もう最初っから頭がいかれちゃってるんじゃないのって、こういうのってどうしたらいいの、同じ地球で、逃げ場がないわ、と思うこともたくさんあるけど
優しい人はそんな地球で、この日本で、それでも優しくありつづけていた
それがわかった
どこかに私を忘れずにいてくれる人がいてもいなくても、私は優しい人たちを一生忘れずにいようと。
細胞は毎日ひとつずつ生まれ変わり、星は今日もまた人知れず落ちて、明日は明日の風が吹くらしいし、昨日までのヒットソングはもう懐メロになってる、そんな時代に、取り残された私はいつまでも、過去の受け皿でいようと。
絶望のその深淵まで、あと五十センチというところまで見た気がする
苦しいもがく日々だったけど、それでも、最後の最果てまではあと五十センチくらいあったと思う
健康と、病気、絶望、この三つの間をうろうろした結果、できない自分のことを責めて、でもそれ以上にできない自分をかばって、
人を嫌いになり、好きになって、あの愛おしいやわらかい髪が、まるで永遠みたいに感じた17歳のあの夏を思い出してしまって、ともだちって響きが脆くて儚くてどうしようもなくて、そのままでいてほしいと、ほんとは真正面から見て伝えたかった。
でも、そう思った時に、おまえはそのままでいいと、美しいきみから出た美しい言葉が、ふと胸によぎって、そのままでいいという言葉と、そのままでいて欲しいという言葉の間にある人間の純粋の差が大きすぎて、
自分の醜いエゴイズムが胃から食道、口を通って美しいものに伝わってしまわないように、原付にばかり乗って、私はこれもあれも失ったのだなと、私は深淵の五十センチ上で考えていた
暗闇の私が希望の光に向かって歩き出したのではなく、暗闇はきっと夜だっただけで、いまはたまたま朝が来ている
また日が落ちて、夕方になり、真実の深淵が私を覆い隠した時、私は失う苦しさに、変わりゆく時代に、先に死んでいく者たちに、そしてそのあとを続いて死に向かうこれからの一生に耐えられるのかはわからない
信じられないくらい美しいものを見た、触った
100パーセントの善意を、優しい瞳を胸に受けた
優しい人になれなかった私は、愛しい美しいすべてを、私が見たこともないものまで全部、きらめきとして受け止めることができた
少しずつ失われゆくこの世界のすべてに愛を込めて。
時代の進化に目を向けるべきであると理解してはいるものの、
私の病的な部分の一つとして、時間の経過をマイナスに捉えて、欠けていくと感じてしまうこの地球のほころびを、愛してやまない、
今日まで生きていて良かった。
生きて、生身で見るひとつひとつは綺麗だった
優しくなることを諦めて、優しくあろうと、優しくいて欲しいと、自分に対して、醜い重しを乗せて、武器を背負わせて、新しい朝を生きる